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おばなさわ
おばな沢
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,479 字 · 45 页
九
九
山の番所で十日ほど寝たうえ、途中を休み休み、三日がかりで城下の家へ帰った。
それから一年は殆んど起きることができなかった。秋のはじめ、ちょうど去年と同じころに喀血して、冬いっぱい重態が続いた。春さきに医者から「これはいけない」と云われたこともあったそうである。
――しかしその期間も頭だけは冴えていた、自分でもこわいくらい意識は慥かで、はっきりとものの判断ができ、また空想力も活発であった。
節子はいつも英之助を想っていた。彼の哀れな性格と、不幸な死を思い、そしていつも独りで泣いた。
――あの方を殺したのは相良桂一郎だ。
それはもう動かない事実だと信じた。
「――戸田は味方の矢で死んだ、その矢を射たのは相良桂一郎である、しかもその事実をはっきりさせる法はない」
病気が危機をぬけたのは明くる年の秋であった。二年つづけて同じ時期に喀血したので、その前後は厳重なくらいに用心した。だが、じっさいそのころから恢復に向い、冬にはいると眼立って肥えはじめた。
「喀血したのが却ってよかったのかもしれない。しかし肥るということは、それだけでは安心できる兆侯ではないので、今後も油断は禁物です」