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おばなさわ
おばな沢
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,479 字 · 45 页
――その日は早くから、節子は持仏堂のほうへいった。六畳二間に四畳半だけの、小さな住居が附いている、その濡縁に出て、念珠を手にして庭を眺めていた。
手紙で時刻を云ってやったので、供養の始まる半刻まえ、庭を横切って相良桂一郎がやって来た。彼は今日は髭の剃り跡の青い、「長方形」のきりっとした顔で、袂から念珠を出しながら、静かに丘を登ってこちらへ来た。
節子は胸の中を風の吹きとおるような、爽やかな気持で彼の眼を見あげた。
「――ようこそおいで下さいました、どうぞここからおあがり下さいませ」
「まだしかし、どなたも……」
「――相良さまお一人だけ、さきに来て頂きましたの」
節子はしんとした調子で云った。
「――わたくしお詫びを申さなければなりません。そうして、……あの位牌に代って、お礼も申上げなければなりませんの」
相良は眼を伏せた。しかし節子は明るい声で、心をこめてこう云った。
「――相良さま、兄からすっかり聞きました、戸田もわたくしも愚かでございました。どうぞおゆるし下さいまし、……なにもかも、有難うございました」