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おもかげ

おもかげ

宮本 百合子

「新潮」1940(昭和15)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,997 字 · 20 页

青空文庫

終日、髪をプラトークで包んだ若い娘たちや運動シャツにちいさい高架索帽を頭にのせた若者、赤いネクタイをひらひらさせた少年少女が列をつくって通ったり、二人三人づれで行ったり来たりした。空気は微かに鼻をくすぐるように暑く埃っぽくなって、声量のある笑声や歌声、叫び声や駆ける跫音などがその中へ溶けた。

朝子は露台から長い間そういう光景を見ていた。その溌剌とした、粗末な服装をした若者たちの動きのなかには、いかにも朝子の情愛をひく何かがあった。見ているうちに、急に涙がつきあげて来ることもある。若い保がもっていたそのような単純な気持のいい身振り、そのような罪のない大笑いがそこにあった。生きて、無心にそこに溢れているのであった。保は死んだ。何たる思いだろう。

朝子たちが出発して来たのは去年の冬であったが、その夏芥川龍之介が自殺した。四年ばかり前有島武郎が軽井沢でその生涯を終った時、朝子は佃との破綻が収拾つかなくなって非常に苦しんでいたときであったから、そのことから深い震撼を蒙った。恋愛というものがそれぞれの男女の成長的な面に立って生じるとだけ思うことは誤りであって、現実には互の破滅的な面がひきあうこともある、そういうことを示されているように思った。