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かんかんむし

かんかん虫

有島 武郎

「白樺」1910(明治43)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,483 字 · 23 页

青空文庫

何もさ、そう怒るがものは無えんだ。巡的だってあの大きな図体じゃ、飯もうんと食うだろうし、女もほしかろう。「お前もか。己れもやっぱりお前と同じ先祖はアダムだよ」とか何とか云って見ろ。己れだって粗忽な真似はし無えで、兄弟とか相棒とか云って、皮のひんむける位えにゃ手でも握って、祝福の一つ二つはやってやる所だったんだ。誓言そうして見せるんだった。それをお前帽子に喰着けた金ぴかの手前、芝居をしやがって……え、芝居をしやがったんた。己れにゃ芝居ってやつが妙に打て無え。

気心でかヤコフ・イリイッチの声がふと淋しくなったと思ったので、振向いて見ると彼は正面を向いて居た。波の反射が陽炎の様にてらてらと顔から半白の頭を嘗めるので、うるさ相に眼をかすめながら、向うの白く光った人造石の石垣に囲まれたセミオン会社の船渠を見やって居る。自分も彼の視線を辿った。近くでは、日の黄を交えて草緑なのが、遠く見透すと、印度藍を濃く一刷毛横になすった様な海の色で、それ丈けを引き放したら、寒い感じを起すにちがいないのが、堪え切れぬ程暑く思える。殊にケルソン市の岸に立ち竝んだ例のセミオン船渠や、其の外雑多な工場のこちたい赤青白等の色と、眩るしい対照を為して、突っ立った煙突から、白い細い煙が喘ぐ様に真青な空に昇るのを見て居ると、遠くが霞んで居るのか