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そのきどをとおって
その木戸を通って
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1959(昭和34)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,448 字 · 44 页
「待っていてくれ」と彼は云った。
正四郎は老職部屋へゆき、田原権右衛門に会った。田原も非常に驚いたのだろう。すぐにはものが云えないというようすだったが、やがて、「おれが手配をしよう」と云い、正四郎の下城はゆるさなかった。――彼は吉塚にその旨を告げて役部屋へ戻り、自分の事務に専念した。監査の事務は単調であるが、検察と帳簿の照合が主になっているため、他のことで頭を使うようなゆとりはなかったし、彼自身、妻のことを考えるのが恐ろしかったので、できる限り仕事に熱中するように努めた。
――妻がみつかれば知らせがある。
そう思っていたが、田原からなにも云って来ないまま、監査が終った。いつもの例で、石垣町の慰労の宴に招かれたが、正四郎は断わってまっすぐに家へ帰った。
ふさの行方はまだわからなかった。心配していたゆかは元気で、母がいなくなったこともさして気にせず、召使や吉塚のむらを相手に、よく遊び温和しく寝たということであった。――話を聞いてみると、その夕方ふさは庭でゆかと遊んでいたが、ゆかの泣き声が聞えたので、吉塚のむらが出ていってみると、ゆかが一人で泣いていた。