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ばちあたり
ばちあたり
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1960(昭和35)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,391 字 · 44 页
一
一
私をみつけるとすぐに、弟の啓三は例のとおり大きく手を振った。私は気がつかないふりをして、三番線のプラット・ホームのほうを見ていた。啓三は近よって来ると、これまた例の如く私の肩を叩いた。彼の体から香水が匂った。
「早かったね」と啓三が云った、「病院のほうはいいの」
私は黙って頷ずいた。
「この暮になってひどいよ、おれにとっちゃあ一時間が何万円にもつくときだからね」と啓三はなめらかに云った、「往復するだけでも二日だぜ、もしものことがあっても一日しきゃ日は取れないんだ、一日だな、一日以上は絶対にだめなんだ、おふくろも罪なときに罪なことをするよ」
私は黙って階段口のほうを見た。啓三は母を責めているのではない、一時間が何万円にもつくという、自分の言葉の裏書きをしているにすぎないのだ。
「こんなところに立っていてもしようがない」と啓三が云った、「中へはいって坐ろうじゃないの」
「室町がまだ来ないんだ」
「いいよ、車がきまっててシート・ナンバーがきまってるんだもの、そうでなくったってあの女傑がまごつきますかさ、わからなければ駅長を呼びつけるくちですよ、駅長おどろくなかれって、ね」