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ばちあたり
ばちあたり
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1960(昭和35)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,391 字 · 44 页
というのではなく、記憶の底にひそんでいたものが、しぜんによみがえってきたという感じであった。私はそのことをすっかり忘れていた。そのときまでいちども思いだしたことはなかったのだ。
医学をまなび、インターンをやっていて、人間をみる眼が一般とは違っていたからだろうか、それとも生れついた性質のためか、私は平静な気持でそのことを考えてみ、それをノートに取った。中川が寄宿していたときと、敏夫が生れて来たときとは、計算するまでもなく符合した。姉と私と啓三とは、顔かたちや体つきまで似ているが、敏夫だけは体も小柄だし、まる顔で、眼鼻だちも違っていた。
――敏夫はあたしの父に似ている。
母が幾たびかそう云うのを聞いた。私も郷里の高校時代に母の実家を訪ね、その祖父に会ったことがあり、そう云われれば顔だちに似たところがあるなと思った。
中川と母とをむすびつける証拠はなにもない。いつか中川が二階からおりて来たのも、ただそれだけのことだったかもしれないし、敏夫の出生がその月日にほぼ該当するのも、偶然にすぎないかもしれない。そうでないということを証明するものはなに一つないのであるが、「なに一つ疑がわしいことはない」