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ばちあたり

ばちあたり

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1960(昭和35)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,391 字 · 44 页

青空文庫

タクシーも兼業していて、毎年のように来る姉はよく知っているとみえ、私たちをそこへ伴れていった。

私は母のいる町の木内医師に電話をかけた。去年来たときに、初めて診察に立会ったのだが、母のかかりつけだそうで、六十歳ぐらいの、ごく温和な、昔よくいわれた「田舎紳士」といったふうな人柄であった。

電話は簡単に済んだ。

「どうなの」姉はしがみつくような眼で私を見た、「どうなのよ健さん」

「五時十分だったそうだ」

「今日の、今日の五時」

私は頷ずいた、「宿を取りましょう」

「あたしはいくわ」と姉が突っかかるように云った、「いってお通夜をするわ」

私は姉の腕を握った。

「敏夫にさせましょう」と私は云った、「二人っきりの最後の晩ですからね、今夜は敏夫に任せておきましょう」

「だっておかあさんが」姉は手帛を出して鼻を押えた、「それじゃあおかあさんが淋しいじゃないの」

「木内から知らせるように頼みました」私は手を放しながら云った、「ここまで来ているんだから同じことです、宿を取って明日にしましょう」

「松村がいいな」と啓三が云った、「おれが先に云っておくよ」

啓三は自分の手提鞄と、姉の大きな鞄を両手に持って、雪の中を小走りにいそいでいった。