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ばちあたり

ばちあたり

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1960(昭和35)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,391 字 · 44 页

青空文庫

私は黙ってついてゆき、敏夫が「雁木屋」という料理屋へはいるのを見ていた。そして彼が出て来るのを待って、なにげなく云った。

「寺町のほうへいってみないか」

「いってみたいんですか」敏夫は遠くから見るような眼で私を見た、「それともなにか話しがあるんですか」

「話しもあるんだ」

「うんざりだな」と云って敏夫はすぐに微笑した、「失礼、これはぼく自身に云ったんですよ」

私は黙って寺町のほうへ曲った。その名の示すとおり、そこは寺がずっと並んでおり、何百年かまえにこの土地の領主だった人の墓もある。片側はもと武家屋敷だったらしい、白く乾いた土塀が続き、寺のある側には古い榎が並木になっていた。曇ってはいるけれども、陽が高くなったためだろう、道の雪が溶けはじめたので、ぬかるみを拾って歩かなければならなかった。

「あれが法光寺です」敏夫は手をあげて云った、「寄っていきますか」

私は答えなかった。

「石岡起善って人、知ってるんでしょう」と敏夫は続けた、「兄さんと高校で同級だったって、面白い人ですよ、いまは寺の住職というより幼稚園というか、託児所のような仕事のほうにうちこんでますがね」