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ばちあたり

ばちあたり

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1960(昭和35)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,391 字 · 44 页

青空文庫

敏夫はそこで思いだし笑いをし、細い頸で支えられた危なっかしい頭を左右に振った。

「あれには困ったな」と彼は独り言のように云った、「――一休さんみたいなことを云うなって、姉さんらしいや、ぼくは笑うのをがまんするのに汗をかきましたよ」

「敏夫」と私は呼びかけた。

「法光寺はどうします」と敏夫が云った、「石岡さんはあなたに会いたがってましたよ」

私は黙って歩いた。

「一時間が何万円にもつく体だって、啓さんは善人だなあ」と敏夫は云った、「ぼくは啓さんが大好きだ、室町の姉さんも好きだな、女のいいところと悪いところをそのまま出してる、世間態やみえにこだわってることを隠そうともしない、いいな、ぼくは姉さんも大好きだ」

私は立停って敏夫を見た。

「君はなにが云いたいんだ」と私は低い声で訊いた。

「なんにも」と敏夫は顔をそむけた、「ぼくには云いたいことなんかなにもありませんよ」

「本当にないのか」

「ありません」

「君はさっき、五番町にもわからないのかと云った」私は歩きだした、「かあさんが死んだらこうしてくれと、君に約束させた理由を私が知っている筈だ、という意味だろう、そうじゃないのか」