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ばちあたり
ばちあたり
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1960(昭和35)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,391 字 · 44 页
「相当いかれてますね」啓三は私に酌をしながら云った、「おふくろに恋人があったなんて、どういうつもりで云いだしたんでしょう」
「でたらめよ」姉は色をなしたといったような表情で云った、「あの子は昔っからあんなふうだったわ、そんなことを聞けばあたしたちが吃驚するだろうと思って云っただけよ、でたらめにきまってるわ、いやらしい」
「いかれたんだな」と啓三は手酌で飲んでから云った、「おふくろに死なれて途方にくれてるんでしょう、あの」
あの、と云いかけて啓三は口をつぐんだ。向うの四帖半から、母の声が聞えて来たのである。すぐにはわからなかったが、それが母の声だとわかったとき、私たちは息をのんだ。私は啓三を見た。すると姉が肩をおとしながら云った。
「あのテープ・レコーダーだわ」
「テープ」と云って啓三が姉を見た。
「聞いてごらんなさい」と姉が云った。
かなり明瞭に母の声が聞えた。
――そんなことはだめだって云ったでしょう、どうしておまえはそう懲りないの、女親だと思ってばかにするのもほどにしておくれ、かあさんがこんなに心配しているのがわからないのかい、ばちあたりな子だよ。
そこまで聞いて姉が立ちあがった。