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ばちあたり
ばちあたり
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1960(昭和35)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,391 字 · 44 页
それから彼は急に姉を見た、「テープ・レコーダーがどうしたんですって」
「もう話したじゃないの、忘れっぽいのね」
「いいえ聞きませんよ、あたしは聞いた覚えはありませんよ」
「そうかしら、敏夫がおかあさんの声をレコードに取ったっていうことよ」と姉はまたタバコに火をつけながら云った、「啓さんには話さなかったかしらね、こうなのよ」
私は窓外をぼんやり眺めていた。時間があったら読むつもりで、三冊ばかり本を持って来てあった。十年以上も臨床専門にしばられて、初めにこころざした研究のほうは埃まみれになっている。このままで一生を終りたくない、私はまだ三十七だ。
――三十七、おお、と私は心の中で呟やいた。もうすぐ四十だぞ、もうすぐ、……あと三年でだ。
私は口の中で熱っぽい匂いがするのを感じた。鉄の灼けるような、イオン臭に似た匂いである。私は網棚の上にある自分の手提げ鞄の中から、持って来た本を出そうと思った。そうしなければならないと思ったが、鞄の中にある応急用の診察器具や薬品類に気づくと、それだけで気持が重くなり、立ちあがって手を伸ばす力がなくなるのを感じた。
「それでおかあさんが怒って、敏夫、ちょっとおいでって云ったのよ」