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ひとごろし
ひとごろし
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1964(昭和39)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,607 字 · 45 页
と云って昂軒はそこへ坐った、「腹はへりっ放しだし眠れないし、寝てもさめても人殺し人殺し、しかも尋常に勝負をしようとはしない、こんな茶番狂言には飽き飽きした、おれはここで腹を切る」
昂軒は着物の衿を左右にひろげ、脇差を抜いた。
「ちょっと」六兵衛は片手を差し出した、「それはちょっと待って下さい」
「なんだと」
「そうそっちのお手盛りで片づけられては困ります」
「お手盛りとはなんだ」
「おまえさんの勝手に事を片づけられては困るということです」と六兵衛が云った、「ここに私という討手がいるんですからな」
「だが、刀を抜いて勝負する気はない、そうだろう」
それが私の罪ですか、とでも云うふうに六兵衛は肩をすくめた。
「おれは誤った」昂軒は頭を垂れ、しんそこ後悔した人間のような調子で、しみじみと云った、「おれも誤ったし、世間の考えかたも誤っている、おれの故郷は常陸の在で、何代もまえから和昌寺という寺の住職をしてきた、だがおれはそんな田舎寺で一生を終る気にはなれなかった」
都へ出て人にも知られ、あっぱれ古今に稀なる人物と、世間からもてはやされるような人間になりたかった。常陸はもともと武芸のさかんな国だし、名人上手といわれる武芸者を多く出している。