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もののかげ

ものの影

豊島 与志雄

「心」1952(昭和27)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,794 字 · 18 页

青空文庫

また、そこでこそ、彼は天に向って、地に向って、真実のことを囁き得るのである。

そこに、あの石が転がっていたのだ。石に血痕が附着していたというのは、たぶん本当のことだろう。更に一層本当のことは、石には彼の手証が印せられていた筈だ。

松の古木は、横へ低く枝をひろげている。葦の茂みは、風にそよいでいる。路面には草が生えて、雨水の流れ跡も見える。あたりは菜園や雑草地で、人家はだいぶ距たり、その彼方に、工場の煙筒が黒い煙を吐いている。

夢のようだった。だが、呪縛された夢の感じだった。彦一は肩をそびやかし、意識的に歩調をゆるめた。

おい、ほんとに此処だったのか。

何かに呼びかける気持ちで、そして見廻すと、胸がむかついてくる。

夜分は殊にいけなかった。そこを通りかかる前に、彼は焼酎をあおっていた。

何かの影が、そのへんに立ち罩めてるのである。あの少年の影、というわけではない。あの血の飛沫、というわけでもない。そのようなことを思うほど神経質では、彦一はなかった。事実はそれ自体で完結する、と彼は信じていた。それでも、何かの影のようなものがそこにあって、自然に彼は、肩をそびやかして見廻すのである。