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わがまち
わが町
織田 作之助
「文藝 第十巻年十一号」改造社、1942(昭和17)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,869 字 · 52 页
そして、腹巻の中から郵便局の通帳を出して来て、言うのには、
「今までこれを何べん出そ、出そ思たか判らへんけど、いや待て、今出してしもたら、二人の気がゆるんだらいかん、死金になってしまう――こない思て君枝の苦労を見て見ぬ振りして来たんやが、ほんまにわいはど阿呆やった。君枝が子オ産むいうのん、さっぱり知らんかったんや。そうと知ったら、君枝を自転車に乗せるんやなかった。――ここに八百円あるねん。この金はここぞという時の用意に、いや、君枝の将来を見届けた暁に、死んだ婿の墓へ詣りがてら一ぺんマニラへ行って来たろ思て、その旅費に残して置いたんやが、今が出し時や。この金で病院の払いをして、残った分を君枝のお産と次郎ぼんの養生の費用にしてくれ。」
「いや、そんなことして貰たら、困る。それはお祖父やんの葬式金に残しといて。」
と、次郎が手を振ると、他吉は、
「げん糞の悪いことを言うな。」
と、眼をむいたが、けれど、すぐしんみりして、「この金の中には、君枝が下足番をして貰た金もはいっているんや。遠慮しイな。」
他吉はついぞ見せたことの無い涙を、洟といっしょにこすった。
次郎はやがて退院した。