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オペラのきと
オペラの帰途
岡本 かの子
「令女界」1932(昭和7)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,541 字 · 3 页
そして丁寧に帽子をとって車上の紳士に言った。
――有難う。久しぶりで宜い自動車を操縦させて頂きました。有難う。さようなら。
婦人も青年の後から頭を下げた。
――ありがとう。
――さようなら、お寝みなさい。
紳士もオペラ帽をとって綺麗な髪の毛の頭を下げた。
青年と婦人は歩き出した。と紳士はショッファーが自分の側の座席から操縦席へ戻った時いま一度青年達を呼び止めた。
――もし、もし、私の物好きは二度とあなた方に私を逢わせようとしないでしょう。こんな場合を二度つくるなんて野暮ですからなあ――で、もう一度本当にさようなら。
青年「よく分りましたよ。さようなら、さようなら」
婦人「御機嫌よう」
車を少し見送ってから青年はしみじみと母の側へ寄って来て言った。
――おかあさん(青年は殊に優しく、東洋風に斯う呼んだ。)こわかった?
婦人「あんたは?」
青年「僕あ……さあ、こわくも無かったけど変でしたよ……でも彼奴、割に好い奴には好い奴だったな……」
青年はあとの方を独語にした。
――けどねおかあさん、やっぱりあんたは今迄どおり独りで夜なんか歩かない方が好いですよ。僕あ男だもの……それに長く巴里に棲もうってのにこんなことぐらい平気にならなくっちゃ真当に巴里の味が分りっこないからなあ……。