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ゼーロン

ゼーロン

牧野 信一

「改造」1931(昭和6)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 页

青空文庫

「これだな!」

と私は唸った。「水車小屋の主が、彼奴は打たなければ歩かぬ驢馬となった! と嘆いたのは――」

私は追いすがると同時に、鞭を棄てて来たのを後悔しながら、右腕を棍棒に擬して力一杯のスウィングを浴せた。

「そうだ、その意気だよ、もっと力を込めてやって御覧!」

ゼーロンはそんな調子で、躍り出すと、行手の松の木の傍まで進んで、また振り返っている。丁度、加えられた痛痒が消え去ると同時に立ち止まるという風であった。――私は、こんな聞き分けを忘れた畜生に、以前の親愛を持って、追憶の歌を鞭にしていたことなどを思い出すと無性に肚が立って、

「馬鹿!」

と叫びながら、再び追いつくと、私はもう息も絶え絶えの姿であったが、阿修羅になって、左右の腕でところ構わず張りたおした。

ゼーロンの蹄は、浮かれたように石ころを蹴って、また少しの先まで進んだ。

「地獄の驢馬奴!」

私は罵った。もう両腕は全然感覚を失って、肩からぶら下がっている鉛筆のようにきかなくなっていた。私は地に這って、憎いゼーロンに追いつこうとした、余りの憤激でもう足腰が立たなかったから――。すると、その時、猪鼻村の方角から、にわかにけたたましい半鐘の音が捲き起った。