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ボロやのしゅんじゅう
ボロ家の春秋
梅崎 春生
梅崎春生『ボロ家の春秋』。同一底本的分册已合并为一书。收入:ボロ家の春秋、Sの背中、黄色い日日、記憶、蜆、庭の眺め、凡人凡語。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,411 字 · 263 页
誰かに相談したり、打ち明けたりする訳にも行かないのです。それは自分の愚かさを相手に知らせるだけだからです。とにかく自分だけで、Sの正体を糺明しなければならぬ。Sとは何か? それにしきりに考え耽っていて、つい電車を乗り越すことさえありました。Sとは何か?
こうして、猿沢佐介の存在が、ふたたびひとつのわだかまりとして、彼の胸に登場して来たわけでした。
何時からSという字が、猿沢佐介の影像とむすびついたのか、蟹江にもよく判らないのです。ふと気がついてみると、彼は心のなかで、猿沢佐介をSという字に代置して、ぼんやりと考えているのでした。あるいはそれは夢の中でむすびついて、それがそのまま起きている意識に、引きつがれたのかも知れません。いつかの夜、そんな夢を見たような気がする。そう思って、いろいろ記憶を探ってみるのですが、どうも憶い出せない。はっきりしないのでした。
『しかしそれが結びついた以上――』と彼は考えたりするのです。『俺はいつの瞬間か意識の奥底で、猿沢佐介をはっきりと想定したに違いない』
想定した根拠は判然しないとしても、考えてみると、いろいろ疑わしい怪しいような節もある。