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ボロやのしゅんじゅう

ボロ家の春秋

梅崎 春生

梅崎春生『ボロ家の春秋』。同一底本的分册已合并为一书。收入:ボロ家の春秋、Sの背中、黄色い日日、記憶、蜆、庭の眺め、凡人凡語。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,411 字 · 263 页

青空文庫

しかしそれはやはり、見なければならないものなのでした。出来るだけ機会をつくるべく努力しなくてはならないのです。情熱が指し示す通りに。

平穏に、無事に、日々が過ぎて行きました。

ある土曜日の夜九時頃、猿沢家の居間の長火鉢をはさんで、猿沢夫妻がこんな会話を交しておりました。

「蟹江さんも、奥さんがなくなってから、すこし変ね。なんだか気味が悪いわ」

「そうだね。元からちょいと変な男だったが、この頃はとくに妙だね」

「あんまりガッカリしたので、頭のねじが狂ったんじゃないかしら。時々突拍子もないことを言い出したりしてさ」

「あのぎろぎろした眼付が、第一おかしいね。しばらく相手にしないがいいかも知れないな」

「だって向うからやって来るんですもの」

「だからサービスを悪くするんだな。あの男はすこし甘えているよ。世の中はそんな甘くないことを教えた方がいいと思うね」

そこへ玄関ががらがらとあいて、ごめん下さいと言う声と共に、当の蟹江四郎が入ってきました。それはすこしばかり浮き浮きしたような声でした。そのままのこのこと居間にあがってきました。すこし酔っているようです。

「あら、いらっしゃい」