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マダムさだやっこ

マダム貞奴

長谷川 時雨

「婦人画報」1920(大正9)年2~4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,999 字 · 53 页

青空文庫

それは余儀ない破目から女優になったとはいえ、こうまでに成功してゆけば、どれからはいって歩んだとしても、道はひとつではないか、けれど、立脚地が違うゆえ、全生命を没頭しきれないで、ただ人気があったというだけにしてその後の研鑽琢磨を投げすててしまい、川上の借財をかえしたのと、立派な葬式を出したのと、石碑を建てたからよい引きしおであるというだけが、引退の理由なのが惜しい。最初から女優として立つ心はちっともなかったが、海外へ出て困窮のあまりになったのが動機であり、その後、断然廃めるつもりであったのを、夫や知己に説かれて日本の舞台へも立つようになったとはいえ、それではあまりこの女優の生涯が御他力で、独創の見地がなく、女優生活の長い間に自分の使命のどんなものかを、思いあたったおりがなかったのかと、全く惜まれる。ほんとにおしい事には、芸術最高説の幾分でも力説してきかせるような人が彼女の傍近くにいなかった事である。彼女には意地が何よりの命で、意気地を貫くという事がどれほど至難であり、どれほど快感であり、どれほど誇らしいものであるか知れないと思っているのであろう。功なり名遂げ、身退くという東洋風の先例にならい、女子としては有終の美をなしたと思ったであろう。