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マダムさだやっこ
マダム貞奴
長谷川 時雨
「婦人画報」1920(大正9)年2~4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,999 字 · 53 页
それでも芝居の楽の日に、興行中に贈られた花の仕分けなどして、片づいて空になった部屋に、帰ろうともせず茫然と、何かに凭れている姿などを見ると、ただなんとなく涙含まれるときがある。マダム自身もそんなときは、一種の寂寞を感じているのであろうともいった。
寂寞――一種の寂寞――気に驕るもののみが味わう、一種の寂寞である。それは俊子さんも味わった。その人なればこそ、盛りの人貞奴の心裡の、何と名もつけようのない憂鬱を見逃がさなかったのであろう。
貞奴は、故市川九女八を評して、
「あの人も配偶者が豪かったら、もすこし立派に世の中に出ていられたろうに、おしい事だ」
といったそうである。これもまた貞奴なればこそ、そうしみじみ感じたのだ。自分の幸福なのと、九女八の不幸なのとをくらべて見て、つくづくそう思ったのであろう。それから推しても貞奴が、どれほど夫を信じ、豪いと思っていたかが分る。川上にしても貞奴に対してつねに一歩譲っていた。貞奴もまた負けていなかったが、自分が思いもかけぬような名をなしたのも川上があっての事だ、夫が豪かったからである、みんなそのおかげだと敬していたと思える。