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モスクワのつじばしゃ
モスクワの辻馬車
宮本 百合子
「読売新聞」1931(昭和6)年1月1日、4日、6~9日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,305 字 · 17 页
――右! 右!
と返事した。
――かど曲ってすぐの門へつけて。
「モスクワ夕刊新聞社」ひろいガラス戸が鈍く反射しながらしまっている隣の狭い入口を日本女は足早に入って行った。もう一つあちら側に戸口があってそこから内庭――建物の全然反対な通りまで出られる石敷のがらんとした玄関。(こういう家の構造は一九一七年までに多くのプロレタリア解放運動の犠牲者の生命を保護した。)階段を登り、右手の扉を押して入った。そこは一般の廊下である。いくつも同じような樺色の平凡な戸が廊下に向って並んでいる。一つの戸は内部に入れこになっている一つ以上の世帯を意味している。一等はずれの戸が少しあいてそこから蓄音機の音がした。そこを入り日本女は石油コンロか何かのガラス瓶、玉ネギなどののっかった窓枠に向っている戸を叩いた。
ハンガリアン・ラプソディーの波を背負って、自分でもそんな音楽にびっくりしているようなのぼせた頬のリーダの顔が現れた。
日本女は、リーダの手を握り、立ったまませわしく話し、二本の瓶を書類入鞄から出した代りにそこへ蜂蜜の小さい入れものを突込んで貰った。
――貴女風邪ばかり引いてるから……