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モノグラム
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江戸川 乱歩
「新小説」春陽堂、1926(大正15)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,034 字 · 22 页
始めに云った私のお惚気というのはこれからなんですよ。(栗原さんはここで一寸笑って見せるのです)田中の方では、これは当てのある就職運動に忙しいと見えて、一向訪ねて来ませんでしたが、私は例によって時間つぶしに困っていたものですから、ある日、ふと思いついて、彼の泊っている上野公園裏の下宿屋を訪問したのです。もう夕方で、彼は丁度外出から帰った所でしたが、私の顔を見ると、待っていたと云わぬばかりに、いきなり「分りました、分りました」と叫ぶのです。
「例のことね。すっかり分りましたよ。昨夜です。昨夜床の中でね、ハッと気がついたのです。どうも済みません。やっぱり私の思い違いでした。一度も御逢いしたことはないのです。併し、御逢いはしていないけれど、満更御縁がなくはないのですよ。あなたはもしや、北川すみ子という女を御存じじゃないでしょうか」
藪から棒の質問で一寸驚きましたが、北川すみ子という名を聞くと、遠い遠い昔の、華やかな風が、そよそよと吹いて来る様な感じで、数日来の不思議な謎が、いくらかは解けた気がしました。
「知ってます。でも、随分古いことですよ。十四五年も前でしょうか、私の学生時代なんですから」