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レモンのはなのさくおかへ
レモンの花の咲く丘へ
国枝 史郎
「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,016 字 · 142 页
あの影の下りきらぬ中に、私は機を織らねばならぬ。(無音にて機を織る。――杳の屋外にて、堅き城門の開く音す。女子は機の手を止めて耳を澄ます。その音尚かすかに響き来る)
女子 剣でかこまれた第一の城門が、たやすく開く筈はないが、(と考え)今の音はどうやらその城門が開いた音のように思われる。(音なお残りて聞こゆ)あれあれまだ鳴っている。鋼鉄の琴のゆれびきのように、あれあれまだ鳴っている。(音次第に幽になりて遂に止む)止んだ! (と淋しく笑い)私の耳の空聞だろう、剱で守られたあの城門が、何んで容易く開くものぞ、あの音は空の真ん中で鳴りはためく、雷の音であったのだろう。(やや長き沈黙。音の有無を聞き澄ます。――塔を吹く風の音)塔を吹く風の音が、挽歌のように鳴っている。(水門へ流れ入る水の音)そして水門へ流れ入る水の音が、屍をのせた柩の舟を運び行くように聞こえている……。ただそれだけだ。……何も聞こえない。……城門が開いたと思うたのは、ほんの私の空耳だろう。(間)空耳で幸いな。あれが空耳でなかったら……。ほんに城門が開いたのなら、(恐ろしげに)私の運命が……運命の糸が切れるだろう。