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レモンのはなのさくおかへ

レモンの花の咲く丘へ

国枝 史郎

「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,016 字 · 142 页

青空文庫

一体貴郎のお母様はどうなされたのでござります。

公子 私の申すことを信じて下さいまし。(力を籠め)母はその恐ろしい男のため不貞の罪を犯しました。そしてそれが母の最後を急がせました。……思っても恐ろしい、そして憎んでも憎み足らぬあの悪魔……悪魔悪魔。

女子 ただそれだけでは私にはよく解らないのでござります。いま少し詳しくお話しなされて下さいまし。(間)ああ、私の心は、どうやら寒くなりました。聞かぬ中からその時のことや、その場の様子が眼に見えるようでござります。

公子 (やや沈着となり窓に行き音楽堂を眺む。夕陽消えて暮天暗し。月の昇らんとする様見ゆ)ああ日が暮れた。(沈思女子の顔を熱心に眺め、力をこめて語り出す)今音楽堂のある対岸の岩の上には、十年以前、小城のような邸宅が立っていたのでござります。(娘も窓に行きて音楽堂を眺む)その小城で若い領主は、美しくそして操の正しい女子を妻として、八年間、そこに暮しておりました。その女子はバイオリンの名手でござりました。(間)それが私の母であるのでござります。(間)二人の間がどのように幸福であったか、その睦まじさがどんなに人々をうらやませたかは申さずとも、貴女はお察し下さるでしょう。