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ウィタ・セクスアリス

ヰタ・セクスアリス

森 鴎外

「昴」1909(明治42)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,941 字 · 119 页

青空文庫

それから手を引いて歩いた。愉快だったよ」

「そうか」

僕は一語を讃することを得ない。そして僕の頭には例の夢のような美しい想像が浮んだ。なる程埴生なら、綺麗なお酌と手を引いて歩いても、好く似合うだろうと思った。埴生は美少年であるばかりではない。着物なぞも相応にさっぱりしたものを着ているのであった。

こう思うと共に、僕はその事が、いかにも自分には縁遠いように感じた。そして不思議にも、人情本なんぞを読んで空想に耽ったときのように、それが苦痛を感じさせなかった。僕はこの事実に出くわして、却ってそれを当然の事のように思った。

埴生は間もなく勘定をして料理屋を出た。察するに、埴生は女の手を握った為めに祝宴を設けて、僕に馳走をしたのであったろう。

僕はその頃の事を思って見ると不思議だ。何故かというに、人情本を見た時や、埴生がお酌と手を引いて歩いた話をした時浮んだ美しい想像は、無論恋愛の萌芽であろうと思うのだが、それがどうも性欲その物と密接に関聯していなかったのだ。性欲と云っては、この場合には適切でないかも知れない。この恋愛の萌芽と Copulationstrieb とは、どうも別々になっていたようなのである。