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いちにちいっぴつ

一日一筆

岡本 綺堂

「木太刀」1911(明治44)年12月、1912(明治45)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,151 字 · 7 页

青空文庫

一 五分間

用があって兜町の紅葉屋へ行く。株式仲買店である。午前十時頃、店は掻き廻されるような騒ぎで、そこらに群がる男女の店員は一分間も静坐してはいられない。電話は間断なしにチリンチリンいうと、女は眼を嶮しくして耳を傾ける。電報が投げ込まれると、男は飛びかかって封を切る。洋服姿の男がふらりと入って来て「郵船は……」と訊くと、店員は指三本と五本を出して見せる。男は「八五だね」とうなずいてまた飄然と出てゆく。詰襟の洋服を着た小僧が、汗を拭きながら自転車を飛ばして来る。上布の帷子に兵子帯という若い男が入って来て、「例のは九円には売れまいか」というと、店員は「どうしてどうして」と頭を掉って、指を三本出す。男は「八なら此方で買わあ、一万でも二万でも……」と笑いながら出て行く。電話の鈴は相変らず鳴っている。表を見ると、和服や洋服、老人やハイカラや小僧が、いわゆる「足も空」という形で、残暑の烈しい朝の町を駈け廻っている。

私は椅子に腰をかけて、ただ茫然と眺めている中に、満洲従軍当時のありさまをふと思い泛んだ。戦場の混雑は勿論これ以上である。が、その混雑の間にも軍隊には一定の規律がある。