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いっぽんのはな

一本の花

宮本 百合子

「改造」1927(昭和2)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,709 字 · 55 页

青空文庫

幸子と二人で家を持つと決ったとき、大平は、

「よし……家探しは僕が引受けてあげましょう。どうせ学校のまわりだろう? そんならお手のもんだ」

と云った。

「隣りへ空いたなんて云って来たって行きませんよ、五月蠅くてしようがありゃしない」

すると、まだ四五遍しか会っていなかった朝子を顧み、大平は、敏感な顔面筋肉の間から、濃やかな艶のある、右と左と少しちんばなような、印象的な眼で笑いかけた。

「念を押すところが未だしも愛すべきですね。『姦し』に一つ足りないなんてもの、まあこちらから願い下げだ」

或る二月の午後、幸子から電話がかかり、朝子も出かけ、この家を見た。雪降り挙句で、日向の往来は泥濘だが、煉瓦塀の下の溝などにまだ掻きよせた雪があった。そんな往来を足駄でひろって行くと、角の土管屋の砂利の堆積の上に、黒い厚い外套を着、焦茶色の天鵞絨帽をかぶった大平が立って待っていた。

「この横丁が霜解けがひどそうで御難だが、悪くないでしょう? こちら側が果樹園なのは気が利いている」

溶け残った雪が、薄すり果樹園一面に残っていて、日光に細かくチカチカ輝いていた。青空から、快晴な雪解の日につきものの風が渡って、杉の生垣を吹き、朝子のショウルの端をひるがえした――。