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いっぽんのはな

一本の花

宮本 百合子

「改造」1927(昭和2)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,709 字 · 55 页

青空文庫

真空のように吸いよせる。朝子の全身がそこへ向ってひたすら墜落することを欲した。その発作のような瞬間、朝子は自分の肉体の裡で、大きな花弁が渦巻き開き、声なき叫びで心に押しよせるように切なく感じるのであった。

或る午後、幸子が長椅子で雑誌を読んでいる縁側に籐椅子を出し、朝子が庭を眺めていた。隣家の生垣の際に一株の金木犀があった。やや盛りを過ぎ、朝子の方に庭土の上へまで、金柑色の細かい花を散り敷いてその涼しい香を撒いていた。その香は秋の土の冷えの感じられる香であった。

朝子は、昼過、印刷屋から帰ったところであった。そこで年とった女工が、隣室で、

「ねえ、源さん、組合ってあるんだってね、そこへ入ると毎月二十銭だか会費納めるんですってねえ」

「はあ」

「そいで何だってえじゃあないの、どっかの工場でストライキでもすると、皆でお金出し合ってすけてやるんだってね」

「へえ」

「いくらでも出さなくちゃならないのじゃ、困っちゃうね」

源さんと呼ばれた男が、気なさそうに、

「ええ」

と返事した。そんなことを、元気に幸子に喋ってきかせた。

朝子の黙り込んだのを、幸子はただ疲れたのだと思ったらしい。