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シャンハイされたおとこ
上海された男
牧 逸馬
「新青年」1925(大正14)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,665 字 · 18 页
電報一つで世界中何処へでも行く不定期貨物船の一つであった。
出入港には多少の感慨を持つのが、荒っぽいようで感傷的な遠航船員の常だった。それが妙なことには、今度の為吉の場合には安堵と悦びの他何もなかった。その安心が大きければ大きいだけ、彼は無意識の内に恐しい自己暗示にかかっていたのである。
箱のような寝台の中で毛布にくるまって眼を閉じた時、自分に掛かっている嫌疑を思って森為吉は始めて慄然とした。隠しの中で坂本の小刀を握ってみた。冷い触感が彼の神経を脅した。彼は何うする事も出来なかった。何時からともなく自分自身が自分の犯行を確信するといったような変態的な心理に落ちて行った。こうした弱い瞬間に、根も葉もない夢みたいな告白をした許りに、幾多の「手の白い」人間が法治の名に依って簡単にそうして事務的に葬り去られたことであろう。
が、この場合為吉は自分の無罪――よし彼が無罪であったにしろ――を主張する意地も張りも持合わせていなかった。その証拠さえないように思われた。それよりも海へ出たことの喜びで一杯だった。それでも彼は再び事件の内容を熟考してみようと努めた。が、無駄だった。