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シャンハイされたおとこ
上海された男
牧 逸馬
「新青年」1925(大正14)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,665 字 · 18 页
鉄板に炭油を塗ったり、短艇甲板で庫布を修繕したり甲板積みに針金を掛けたりするのにも手伝わなければならなかった。
神戸の街が蜃気楼のように霞み出すと、為吉は始めて解放されたように慣れた仕事に手が付いて来た。舷側に私語く海の言葉を聞き乍ら、美しい日輪の下で久し振りにボルトの頭へスパナアを合わせたりするのが此の上なく嬉しかった。自分に対して途方もない嫌疑を持っている日本警察の範囲から脱出しつつあるという安心よりも、自分の属する場所に自分を発見した歓喜の方が遙かに大きかった。
こんな風に自分自身に無責任な態度をとることを、永い間の放浪生活が彼に教えていた。
船員達も彼をサアキイと親しみ呼んで重宝がった。
午後から空模様が変って来たので、為吉は水夫一同と一緒に七個ある大倉口の押さえ棒へ楔を打って廻った。一度で調子好く打込み得るのは為吉だけだった。感心し乍ら皆色々と彼の経験を尋ねた。歯切れのいい倫敦風の英語で応答しながら彼は大得意だった。そして誰も彼の逃込んで来た理由を尋ねはしなかった。国籍不明の彼等にとってそんな事はてんで問題でなかったのである。ただ一度船長に呼ばれて行った時、家庭の事情で伯父の家から逃げて来たと為吉は答えた。