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せそう
世相
織田 作之助
「人間」1946(昭和21)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 32,089 字 · 64 页
今書いている千日前の話が一向に進まないのは時代との感覚のズレが気になっているからだとすれば、それ以上にズレている筈の古い原稿を労をはぶいて送るのも如何なものだと、私はボソボソ口の中で呟いた。
「今書いてらっしゃるのは……?」
「千日前の大阪劇場の裏の溝の中で殺されていた娘の話だ。レヴュに憧れてね。殺されて四日間も溝の中で転がっていたんだが、それと知らぬレヴュガールがその溝の上を通って楽屋入りをしていたんだ。娘にとっては本望……」
「また殺人事件ですか」呆れていた。
「またとは何だ。あ、そうか、『十銭芸者』も終りに殺されたね」
「いつか阿部定も書きたいとおっしゃったでしょう。グロチックね」
私の小説はグロテスクでエロチックだから、合わせてグロチックだと、家人は不潔がっていた。
「ああ、今も書きたいよ。題はまず『妖婦』かな。こりゃ一世一代の傑作になるよ」
家人は噴きだしながら降りて行った。私はそれをもっけの倖いに思った。なぜ阿部定を書きたいのかと訊かれると、返答に困ったかも知れないのだ。所詮はグロチック好みの戯作者気質だと言えば言えるものの、しかしただそれだけではなかった。