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せそう
世相
織田 作之助
「人間」1946(昭和21)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 32,089 字 · 64 页
「ふーん。そりゃ惜しいことをしたね」自分の細君に客を取らせているあの男は、嫉妬というものをどんな風に解決しているのかと、ふと好奇心が湧いた。
「いやそれよりも……」と主人は天婦羅を私の前に載せながら、「――あんたにいいタネをあげましょうか」
「どうぞ。いいタネって何……? アナゴ……? 鮹かな」
「いえ、天婦羅のタネじゃありませんよ。あはは……。小説のタネですよ」
そう言って、そわそわと二階へ上って行った。天婦羅が揚るのも忘れて、何を取りに行ったのかと思っていると、やがて油紙に包んだものを持って降りて来た。紐をほどいて、
「これです。一寸珍らしいもんですよ」
見れば阿部定の公判記録だった。
「ほう? こんなものがあったの。どうしてこれを……」手に入れたのかと訊くと、
「まアね」と赧くなって眼をしょぼつかせていた。
「借りていい」
「その代り大事に読んで下さいよ。何しろ金庫の中に入れてるぐらいだから。もっともあんた方は本を大事にする商売の人ですから、間違いないでしょうが。大事に頼みますよ」
そんなにくどくどと勿体をつけられて借りると、私は飛ぶようにして家へかえり、天辰の主人がどうしてこれを手に入れたのか、案外道楽気のある男だと思いながら、読み出した。