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せそう
世相
織田 作之助
「人間」1946(昭和21)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 32,089 字 · 64 页
謄写刷りの読みにくい字で、誤字も多かったが、八十頁余りのその記録をその夜のうちに読み終った。
神田の新銀町の相模屋という畳屋の末娘として生れた彼女が、十四の時にもう男を知り、十八の歳で芸者、その後不見転、娼妓、私娼、妾、仲居等転々とした挙句、被害者の石田が経営している料亭の住込仲居となり、やがて石田を尾久町の待合「まさき」で殺して逃亡し、品川の旅館で逮捕されるまでの陳述は、まるで物悲しい流転の絵巻であった。もののあわれの文学であった。石田と二人で情痴の限りを尽した待合での数日を述べている条りは必要以上に微に入り細をうがち、まるで露出狂かと思われるくらいであったが、しかしそれもありし日の石田の想出に耽るのを愉しむ余りの彼女の描写かと思えば、あわれであった。早く死刑になって石田の所へ行きたいと言っているこの女の、最後の生命が輝く瞬間であり、だからこそその陳述はどんな自然主義派の作家も達し得なかったリアリズムに徹しているのではなかろうか。そしてまた、虚飾と嘘の一つもない陳述はどんな私小説もこれほどの告白を敢てしたことはかつてあるまいと、思われるくらいであった。