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ここのつのかぎ
九つの鍵
野村 胡堂
「少年時代」1949(昭和24)年1月~4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,349 字 · 42 页
清潔ではあるにしても、見る影もない質素なようすをした幸子が、飛びついて三郎の胸に顔を埋めようとして、ハッと気がついて飛び退いたのは、さすがに娘らしいたしなみでした。
見ると、姉弟の住み馴れた焼けトタンの家は、多勢の人足の手でめちゃめちゃに打ちこわされ、材料は焼跡に積み重ね、姉弟の持っているささやかな家財は、その側に屑物のようにほうり出されるのです。
「畜生、何んてことをしやがるんだ」
弟の馬吉は、小さい拳骨を振り廻して精一杯の反抗心を示しますが、十四才のみの虫少年が、十人あまりの荒くれ男に対して、どうすることもできません。
「これは一体どうしたことなのです、幸子さん?」三郎は思わず娘の肩に手をおきました。理智的で清潔な感じのする幸子が、恥も外聞も忘れて、ヒタ泣きに泣くのはよくよくのことでしょう。
「一年前から立退きを迫られていたんです――このビルディングの持主の小早川武丸という人から」「で?」
「でも、私と弟は、どんな事があってもここから動くまいと決心をしておりました。つまらない剛情からではありません。この山の手ビルは、戦争の前まで私の父のものだったんです」