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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

落ちつかない気持で顔をそむけながらのってゆくうちに、伸子は何年もの昔、まだ十六七だった自分が、やっぱりこういう焦立たしい西日を顔にうけながら、牛込のある町を女中と一緒に歩いていたときのことを思い出した。

それはまだあかるい夏の夕方であった。酒屋の店さきなどに打ち水がされている牛込のせまい通りを、白地に秋草の染めだされた真岡の単衣を着て、板じめちりめんの赤い帯をしめ、白足袋をはいた伸子が歩いていた。伸子の父の年下の友人で、稲田信一という建築家があった。その人は、江戸ッ子ということを誇りにしていた。角ばって苦みばしり、眼のきつい顔に、いくらかそっ歯で、せまい額の上に髪を粋な角刈めいた形にしている人であった。牛込に住んでいた。そこへ使いにやらされた。

母が大きく結んでくれた赤い帯に、こわばった真岡木綿の単衣、うしろにすこしはねのあがった白足袋という自分の身なりに、伸子は本能的な気に入らなさ、野暮くささを感じながら、その感じで神経質になりながら、行儀よく、若い娘のぎごちなさで、稲田の客室に通された。切下げの老母が出ての、そつのない応待に、伸子は、いいえとか、そうでございます、とか短く答えた。