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ふたつのにわ
二つの庭
宮本 百合子
「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页
そして、ふっと何か思いつき、頁をめくり、それなり腰をおろして一つ二つ字句を直したり、縁側の方に立って逆に机の上の辞書をひらいたりした。それは、いかにもたのしそうな様子であった。
伸子はわざと自分の机のところから動かず、
「胃弱はいかが?」
と、そういうたのしそうな素子にきいた。
「いかにも悪そうな顔色だことよ」
「意地わるいうもんじゃないよ、ぶこちゃん」
そして、ちょいと歯の間から舌のさきを出して、
「ほんとに。――直っちゃってる!」
首をすくめながら小声で眉根をあげていった。
「だから本当でしょう? いるのは薬じゃなかったのよ」
「いちごんもないね」
伸子がはじめて会ったころ、素子は不眠だといって、アダリンをのんだり、胃弱だといって散薬をのんだり、昼間でもなまあくびばかりしていた。小麦色の肌もさえなかった。伸子は睡眠薬の必要を知らなかったし、一人暮しをしている女がそういう薬を常用したりすることが気にそまなかった。伸子は、いくら素子が眠れなくても、おしゃべりや読書につきあう代り睡眠薬はやめにした。胃弱用の薬というのも、きれたときを機会にやめた。それからしばらくして、素子はこんど出来上った翻訳にとりかかって、昼間のなまあくびを消滅したのであった。