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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

「――やめましょう!」

伸子は自分の顔の横で手をふって、いった。

「いくらいやなことくりかえしたって、別の人に変るわけじゃなし――行けばいいのよ! 行けば、うそが通用しないことが本人にもわかっていいのよ――」

椅子の上でむき直って伸子は素子にいった。

「あなたがロシア語だから、なお、もうやめにしましょうよ、ね」

素子としては正義派めいた感情の面に立って批評しているだけなのだろうが、少くとも伸子には必要以上の執拗さがそこに感じられた。

二人が住んでいるその郊外の家の界隈は竹やぶが多くて、七月に入ってからは昼間でも蚊が出た。ほそい蚊やり線香の煙が、机の足の間から夏草の繁茂した女住居らしい庭へ流れている。電燈をつけるにはまだ早い伸子の机の上に、このあいだ新宿の駅で買った無産者新聞がひろがっていた。素子が出かけていたその午後、伸子は一人でたんのうするまであちらこちらうちかえして、その新聞を見た。大正一四年九月二〇日創刊(毎土曜日発行)というところから無産者新聞といくらかくずした字でかかれている題字の裏にある装飾の、毛の長い麦の穂や歯車・鎌・鎚・寸断されている鉄鎖などまでを、こまかに見た。