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ふたつのにわ
二つの庭
宮本 百合子
「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页
ウメ子は、その晩伸子たちの住んでいる郊外の家へ泊った。翌日のひる前、帰ろうとするウメ子に、素子が実際家らしい調子で念をおした。
「旅行の話ね、あれはまあいまのところ全く確定していないんですから、そのつもりで、たのみますね。いい恥っかきだからね、じたばたしてあげくの果に行けなかったなんてのは――」
「ええ。大丈夫です。誰にも云いませんから……」
玄関へ出ながら、ウメ子は濃い長い眉をあげるようにして、
「しかし、本当に実現なさるといいですね」
伸子をかえりみて、云った。
うすい灰色のような紙表紙に、赤い字でブハーリン著史的唯物論と書かれた定価一円の厚い本が、伸子の身のまわりにも現れはじめた。この一冊の本によって社会のなり立ちというものが、いくらか客観的に伸子の前に示された。伸子が、久しい間ぼんやり人間性の発展として文学的に感じて来ていた社会の進歩ということが、生産条件の発展とその推移を中軸として実現するという事実は伸子にとって全く新しい真実であった。社会に階級があるということも、いきなり文学とくっつけてはのみこめなかったけれども、この本のように、階級のなかった原始の社会から、どう人間の社会は変化して来て階級が発生したかと説かれてあれば、伸子にもわかった。