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ふたつのまつかわ
二つの松川
細井 吉造
「旅」1936(昭和11)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,511 字 · 10 页
夜陰、かたわらを過ぎる水の音が急に高まって耳に響いた。しのつく雨の中をラテルネを下げて検分に行くと、たしかに五寸は増水している。谷の上流も下流もまっ暗闇だ。むせぶような叫びは風になぎられる森林の悲鳴で、その瞬間水音は少しばかりかき消されるが、まもなく倍旧の響きを立てて応じて来る。午前一時……そして二時。谷の水音はこの時刻に一番強く響く。やはり丑満時で世間が一番静かな証拠なのだ。だがこの遠く深い谷の奥でも、夜陰の静けさが昼間をしのぐものがあるのだろうか。ふと、身震いを誘う鬼気が感じられる。昼も夜もここで聞くものはただ、谷の水の音だけではないか!
このような神経のとがった夜があけて、飛ぶ断雲の切れ目に、希望の光が慰めの微笑を投げてくれた。だからこそ更に七時間もの苦闘を重ねて、ようやく念丈ガ岳の頂に立つことが出来たのだ。野営地から上、踏跡は全く急箭の流れに押しまくられて「監視路」の文字も無意識にうちに消え失せた。滝また滝。磊々たる大岩石の堆積、倒木のロウ・ハードル、見上げるような滝となって落ち込む威圧的な支流、コマツ沢の合流点付近では、本支流とも、三つの荒んだ滝となって相剋している。