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きょうらくじん
享楽人
和辻 哲郎
「人間」1921(大正10)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,551 字 · 10 页
という心を起こすのである。そうしてそれが、たとい時に彼を宗教へ向かわせるにしても、結局宗教芸術に現われた、「永久味」の味到に落ちつかせる。彼においては美の享楽が救いである。彼の求める「土台」は美において、最も深い「美」において、得られるのである。彼からこの「享楽」を奪えば、彼は破滅するであろう。
『地下一尺集』に収められた警抜な諸篇は、生の重心をこの「享楽」に置いた作者の人格を、きわめてよく反映している。彼の描く人と自然とは、常に彼の「享楽」の光に照らされて、一種独特な釣合をもって現われてくる。非常に広濶な、偏執のない心が、あらゆる対象へ差別のない愛を注ぎながら、静かに、和やかに、それらを見まもっている、――そういう印象を与える。しかしそれは、木下杢太郎が実際生活においてそういう博大な心を持っている、という印象ではない。彼は享楽人であるために、その享楽の世界において無礙の愛を持っているのである。それだけにまたその愛には物足りないところもないではない。深く胸を刺すというような趣は少ない。無限の深い神秘へ人をいや応なしに引きずり込んで行こうとするような趣も乏しい。