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ひとのくに

人の国

豊島 与志雄

「随筆」1924(大正13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,761 字 · 16 页

青空文庫

そして次の瞬間に、久保田さんは肩をぴくりとさして手を離した。

「いや、立派な運だ。」

云い捨てておいて久保田さんは、また庭の中を歩き続けて、食事になるまで家へはいらなかった。

その日も頭がよくて、仕事が捗った。

所が次の朝、久保田さんは食事になるまでお清に出逢わなかった。そして妙なことには、庭が綺麗に掃き清められていた。

「ははあ、なるほど。」と久保田さんは独り首肯いた。

前晩から一生懸命に心して寝ただけあって、次の日久保田さんは、三十分ばかり早めに起上ることが出来た。下働きの女中が慌てて起上ってくるのを、横目でじろりと見やっておいて、すぐに庭へ飛び出した。

まだ明けたばかりのだだ白い明るみだった。なるべく庭の隅の方へ行って、樹木の新芽を見い見い待ち受けてみた。暫くすると果してお清が、竹箒を持って急いでやって来た。

「あら!」

喫驚したように立止ったのへ、久保田さんは戦勝者みたいな笑顔を見せた。

「掃いても構わないよ。」

眼を伏せて「はい」と答えておいて、彼女は静に掃きにかかったが、どうしたのか次第に性急になってきた。はあはあと吐く息が白く凝って流れ、白々とした顔にほんのり赤味がさしてきた。