轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
じんせいろんノート
人生論ノート
三木 清
下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页
或いはむしろ道徳の社会性というが如き理論は現代に特徴的な偽善をかばうためにことさら述べられているようにさえ見えるのである。
我々の誰が偽善的でないであろうか。虚栄は人間の存在の一般的性質である。偽善者が恐しいのは、彼が偽善的であるためであるというよりも、彼が意識的な人間であるためである。しかし彼が意識しているのは自己でなく、虚無でもなく、ただ他の人間、社会というものである。
虚無に根差す人生はフィクショナルなものである。人間の道徳もまたフィクショナルなものである。それだから偽善も存在し得るのであり、若干の効用をさえもち得るのである。しかるにフィクショナルなものは、それに止まることなく、その実在性が証明されねばならぬ。偽善者とそうでない人間との区別は、その証明の誠意と熱情をもっているかどうかにある。人生において証明するということは形成することであり、形成するということは内部と外部とが一つになることである。ところが偽善者にあっては内部と外部とが別である。偽善者には創造というものがない。
虚言の存在することが可能であるのは、あらゆる表現が真理として受取られる性質をそれ自身においてもっているためである。