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じんせいろんノート

人生論ノート

三木 清

下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页

青空文庫

愛は私にあるのでも相手にあるのでもなく、いわばその間にある。間にあるというのは二人のいずれよりもまたその関係よりも根源的なものであるということである。それは二人が愛するときいわば第三のもの即ち二人の間の出来事として自覚される。しかもこの第三のものは全体的に二人のいずれの一人のものでもある。希望にもこれに似たところがあるであろう。希望は私から生ずるのでなく、しかも全く私の内部のものである。真の希望は絶望から生じるといわれるのは、まさにそのこと即ち希望が自己から生じるものでないことを意味している。絶望とは自己を抛棄することであるから。

絶望において自己を捨てることができず、希望において自己を持つことができぬということ、それは近代の主観的人間にとって特徴的な状態である。

自分の持っているものは失うことのできないものであるというのが人格主義の根本の論理である。しかしむしろその逆でなければならぬ。自分に依るのでなくどこまでも他から与えられるものである故に私はそれを失うことができないのである。近代の人格主義は主観主義となることによって解体しなければならなかった。