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じんせいろんノート

人生論ノート

三木 清

下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页

青空文庫

しかるにこの人間学も今日では最初の動機から逸脱して人間心理の批評という固有の意味を抛棄し、あらゆる任意のものが人間学と称せられるようになっている。哲学における芸術家的なものが失われてしまい、心理批評の仕事はただ文学者にのみ委ねられるようになった。そこに心理学をもたないことが一般的になった今日の哲学の抽象性がある。その際見逃してならぬことは、この現代哲学の一つの特徴が幸福論の抹殺と関聯しているということである。

幸福を単に感性的なものと考えることは間違っている。むしろ主知主義が倫理上の幸福説と結び附くのがつねであることを思想の歴史は示している。幸福の問題は主知主義にとって最大の支柱であるとさえいうことができる。もし幸福論を抹殺してかかるなら、主知主義を扼殺することは容易である。実際、今日の反主知主義の思想の殆どすべてはこのように幸福論を抹殺することから出発しているのである。そこに今日の反主知主義の秘密がある。

幸福は徳に反するものでなく、むしろ幸福そのものが徳である。もちろん、他人の幸福について考えねばならぬというのは正しい。しかし我々は我々の愛する者に対して、自分が幸福であることよりなお以上の善いことを為し得るであろうか。