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じんせいろんノート
人生論ノート
三木 清
下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页
人生はフィクショナルなものとして元来ただ可能的なものである。その現実性は我々の生活そのものによって初めて証明されねばならぬ。
いかなる作家が神や動物についてフィクションを書こうとしたであろうか。神や動物は、人間のパッションが彼等のうちに移入された限りにおいてのみ、フィクションの対象となることができたのである。ひとり人間の生活のみがフィクショナルなものである。人間は小説的動物であると定義することができるであろう。
自然は芸術を模倣するというのはよく知られた言葉である。けれども芸術を模倣するのは固有な意味においては自然のうち人間のみである。人間が小説を模倣しまた模倣し得るのは、人間が本性上小説的なものであるからでなければならぬ。人間は人間的になり始めるや否や、自己と自己の生活を小説化し始める。
すべての人間的といわれるパッションはヴァニティから生れる。人間のあらゆるパッションは人間的であるが、仮に人間に動物的なパッションがあるとしても、それが直ちにヴァニティにとらえられ得るところに人間的なものが認められる。
ヴァニティはいわばその実体に従って考えると虚無である。