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じんせいろんノート
人生論ノート
三木 清
下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页
不安と虚無とが一つに考えられるのもこれに依ってである。虚無から生れたものとして噂はフィクションである。
噂は過去も未来も知らない。噂は本質的に現在のものである。この浮動的なものに我々が次から次へ移し入れる情念や合理化による加工はそれを神話化してゆく結果になる。だから噂は永続するに従って神話に変ってゆく。その噂がどのようなものであろうと、我々は噂されることによって滅びることはない。噂をいつまでも噂にとどめておくことができるほど賢明に無関心で冷静であり得る人間は少いから。
噂には誰も責任者というものがない。その責任を引受けているものを我々は歴史と呼んでいる。
噂として存在するか否かは、物が歴史的なものであるか否かを区別する一つのしるしである。自然のものにしても、噂となる場合、それは歴史の世界に入っているのである。人間の場合にしても、歴史的人物であればあるほど、彼は一層多く噂にのぼるであろう。歴史はすべてかくの如く不安定なものの上に拠っている。尤も噂は物が歴史に入る入口に過ぎぬ。たいていのものはこの入口に立つだけで消えてしまう。ほんとに歴史的になったものは、もはや噂として存在するのでなく、むしろ神話として存在するのである。