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にんげんはんえい

人間繁栄

豊島 与志雄

「改造」1924(大正13)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,038 字 · 38 页

青空文庫

地面を掠めてくる軽い春風に、そのうす穢い尿の匂いまで交っていた。

洋造は嫌悪の念に駆られて、自ら竹竿を持って下りていった。夢中になって脹れ上って、打たれてもびくともしないようなやつを、檜葉や躑躅の茂みの下から、竿の先で突っつき出して、隣家の方へ追いやってしまった。額や背中に脂汗をかいた。

その様子を、空色の洋服に着かえてる冬子が、泣き出しそうな顔で縁側から眺めていた。

「あっちに行っといで。」

叱りつけておいて、彼は眉をしかめながら戻って来た。

「だって、お父さま、可哀そうだわ。」

「他所の猫じゃないか。」

まん円くうち開いた眼の中の、青みがかった白目の縁に、ほろりと透明な水玉が出てきて、それをじっと押え止めるかのように、冬子はあくまでも眼を見開いていた。が……大きく一つ瞬きをして、その水玉がはらりとこぼれると、くしゃくしゃな渋め顔になった。と同時に、洋造はそれを胸に抱き上げた。

「泣くんじゃないよ。馬鹿だね。」

額の汗を掌で拭いて、彼はのそりのそり庭の中を歩き出した。冬子はきょとんとした濡んだ眼付で、彼の肩にしがみついていた。張りきったくりくりした肉付が、何となく甘酸っぱい肌の匂いと共に、彼の胸の中に泌み通ってきた。