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いまどしんじゅう

今戸心中

広津 柳浪

「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页

青空文庫

と、善吉は歯の根も合わないで言ッた。

見返ッた吉里は始めて善吉を認めて、「おや、善さんでしたか」

「閉めたらいいだろう。吉里さん、風を引くよ。顔の色が真青だよ」

「あの汽車はどこへ行くんでしょうね」

「今の汽車かね。青森まで行かなきゃ、仙台で止るんだろう」

「仙台。神戸にはいつごろ着くんでしょう」

「神戸に。それは、新橋の汽車でなくッちゃア。まるで方角違いだ」

「そう。そうだ新橋だッたんだよ」と、吉里はうつむいて、「今晩の新橋の夜汽車だッたッけ」

吉里は次の間の長火鉢の傍に坐ッて、箪笥にもたれて考え始めた。善吉は窓の障子を閉めて、吉里と火鉢を挾んで坐り、寒そうに懐手をしている。

洗い物をして来たお熊は、室の内に入りながら、「おや、もうお起きなすッたんですか。もすこしお臥ッてらッしゃればいいのに」と、持ッて来た茶碗小皿などを茶棚へしまいかけた。

「なにもう寝なくッても――こんなに明るくなッちゃア寝てもいられまい。何しろ寒くッて、これじゃアたまらないや。お熊どん、私の着物を出してもらおうじゃないか」

「まアいいじゃアありませんか。今朝はゆっくりなすッて、一口召し上ッてからお帰りなさいましな」