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いまどしんじゅう

今戸心中

広津 柳浪

「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页

青空文庫

七

朝風は颯と吹き込んで、びッくりしていた善吉は縮み上ッた。

七

忍が岡と太郎稲荷の森の梢には朝陽が際立ッて映ッている。入谷はなお半分靄に包まれ、吉原田甫は一面の霜である。空には一群一群の小鳥が輪を作ッて南の方へ飛んで行き、上野の森には烏が噪ぎ始めた。大鷲神社の傍の田甫の白鷺が、一羽起ち二羽起ち三羽立つと、明日の酉の市の売場に新らしく掛けた小屋から二三個の人が現われた。鉄漿溝は泡立ッたまま凍ッて、大音寺前の温泉の煙は風に狂いながら流れている。

一声の汽笛が高く長く尻を引いて動き出した上野の一番汽車は、見る見るうちに岡の裾を繞ッて、根岸に入ッたかと思うと、天王寺の森にその煙も見えなくなッた。

窓の鉄棒を袖口を添えて両手に握り、夢現の界に汽車を見送ッていた吉里は、すでに煙が見えなくなッても、なお瞬きもせずに見送ッていた。

「ああ、もう行ッてしまッた」と、呟やくように言ッた吉里の声は顫えた。

まだ温気を含まぬ朝風は頬にするばかりである。窓に顔を晒している吉里よりも、その後に立ッていた善吉は戦え上ッて、今は耐えられなくなッた。

「風を引くよ、吉里さん。寒いじゃアないかね、閉めちゃアどうだね」